2015年4月15日水曜日

我が、蹉跌のオーディオファイル #14
真空管とトランジスタ


結果から言うと僕のシステムの内イコライザー・プリ・メインのいわばシステムの心臓部は何れも真空管である。

マニアも挙って「オーディオは真空管だ」という。
ヴァイタボックスを鳴らすための真空管システムを手放した直後、暫くの間僕はトランジスタのプリメインを使った。「MYRYAD」(ミリヤード)というイギリスのアンプである。MI-120という古いタイプの物だという事で、今ではすっかり型番が変っているらしい。買った動機は、イギリスの音に馴染んでいたからという以外に安かったからと味も素っ気もないものであった。

だが売り手は自信たっぷりに「もはや奇跡と云うに等しい音だ」と本気らしく、必ずしも売りたい一心ばかりでもなさそうであった。「この機種はメーカー最初期のもので、これ以後の物は語るに足らない」とも云う。

3日後MI-120は我家に届いた。

「奇跡」辞書によると「既知の自然法則を超越した不思議な現象で、宗教的真理の微と見なされるもの」滅多な事で「奇跡」などと云ってはならないが、MI-120は今迄のトランジスタアンプの概念を覆すには充分な、下手な真空管アンプなど足元にも及ばぬ美音を奏でた。そして、典型的なイギリスの音である。

僕には人や物に対する信仰心の様なものは無いから、真空管をイワシの頭の様に崇める気は無く、自分の気に入った音でさえあれば真空管・トランジスタどちらでも良い。

写真の世界にもその昔、ライカが良いかコンタックスが良いかと大の大人が口角泡を飛ばした議論があった。罪は無いが不毛な論争であり、未だ決着の付かぬまま写真界はデジタル時代に移行した。

結果を言うと販売台数ではライカがコンタックスを圧倒した。多分使い勝手が良く実用的だったからだろう。ライカにはそうした機能美から来るオーラの様なものが存在する。

音の世界には何やら真空管の方が上位に位置するような空気が漂っており、トランジスタアンプなど使っていようものなら鼻で笑われて終わりである。
アンプではないが、ガラード301を売ってしまって、代りにデンオンDP-6000を買って、某所で[プレイヤーは何]と聴かれて答えたら絵に描いたように鼻で笑われた。

戦後日本人が失ったものの中に礼節があるが、真空管を中心とするアナログ機器にはどうやら法則があるらしい。カートリッジはMCでなければない。プレイヤーはリムドライブ、妥協してベルトドライブでなければならない。CDは聴いても良いがレコード中心でなければならない。で、アンプ類は真空管でなければならない。

確かな耳を持つマニアは多く確かな理由あっての事であるけれども、こうでさえあれば音が良い訳では当然ないから、トランジスタを入れないというのは多分に気分の問題もあって、食わず嫌いの側面もあると思うがどうだろう。或いは、本当は聴きたいんだけれども今更格好悪くてトランジスタアンプを使っているなどと云えないなんてことは無いだろうか。

本当はどっぷり汁に付けて食べたいざる蕎麦のようなものではないかと僕は推察するのだが如何なものか。

もしそうなら、自分の趣味だ何の遠慮があるものか。

確かにトランジスタアンプの黎明期の音は高音域に問題があったように記憶しているが、研究の成果は著しく、80年代に入った頃からサンスイなどなかなかな音を出すようになっていたとも記憶している。僕は新藤アンプに出会ったお蔭で音の何たるか、云ってみれば基本を知る事が出来たのは幸運だったと思っているが、35年間高度な真空管の音を聴いたその耳で決してトランジスタを否定はしない。

ベネター・オーディオのMC昇圧アンプもトランジスタである。レコード再生の根っこの部分にトランジスタを使った事が結果として正解だった事を、この音を聴けばどんな真空管派でも恐らく認めざるを得ないだろう。

余談ながら、WEは電話機ばかりでなく、1930年頃から真空管時代のアナログ音声の録音再生に関するほぼ全ての研究をし尽くしているそうだ。その 中で結果の良くなかったものは当然商品化しなかっただけで、僕らの頭で考えつくようなものは大概、それも膨大な資金を使って研究済みなのだそうだ。

何時だったかソニーが発表した四角い平面スピーカーなどがそうしたWEの未発表物のひとつで、ソニーはそれを知っていた筈だと聴いた事がある。彼らの研究は7人をひとチームとして各テーマ毎に研究にあたり、中に医者と弁護士まで配置し過労と特許等の法律問題にも対処していたという。
この手法は軍の手法らしく、7人という人数は一人のリーダーが最も効率良く人を統率できる限界なのだそうだ。

無論人によっては10人でも20人でも可能だが、何処かに疎漏の出るものらしい。

と なれば、魚食民族大石内蔵助などは超人の部類に入るわけだが、それは置くとして、会社組織では社長が7人の取締役を統率し、一人の取締役が7人の部長を文 字通り踏ん反り返って取締り、部長は7人の課長を意地悪くこき使う。以下同様に平社員・新入社員までを統率するのが理想なんだそうで、これで目出度く会社 組織の全体主義構造が完成する。

中国や北朝鮮などは国ごとこういう調子だから、とてもじゃないが僕などは務まらない。即刻ギロチンである。そう、リビアも忘れてはならない。これらは知ったかで嘘を云うような人の言ではないから、恐らく事実なのだろう。

だとすると、MCの昇圧アンプをWEは既に真空管で研究済みだったかもしれない。

時代背景から考えるとトランジスタの原型が開発されたのは1947年それもベル研究所の物理学者に依ってであり、その後も数年の間研究が続けられ、増幅作用 をもった最初の「成長接合型トランジスタ」(僕には何のことやら解りませんがね、増幅作用をもったトランジスタというところが肝腎)が完成したのは 1951年だそうだから、この頃には既にトランスで昇圧する方法を採って商品化していたわけで、そこらの兼ね合いもあってトランジスタのMC昇圧アンプは 造らなかったのかもしれない。

事情は解らないが、どうあれWEはトランジスタのMC昇圧アンプを開発する事は無く、世界で最初に商品化されたMC昇圧アンプはVT-MCTLであり、そのクリアーな音色はトランジスタを鼻で笑ってはならない事を如実に証明していると僕は思う。少なくとも僕が聴き比べた菅野トランス(30万円ほどするらしい)など随分籠った音に聴こえて比較にならなかったと云っても言い過ぎではないだろう。

MCカートリッジが発する電圧は極めて微小なものだから、そうした個所はトランジスタの方が良いとベネターの社長は云う。僕に理屈の解るわけは無いが、何でもかんでも真空管が良いとは言えない事をはっきり証明した事だけは確かだ。

一方でメインアンプはやはり真空管に軍配を僕は上げたい。音の暖か味が違うように思うし、何処かほのぼのした空気が漂うのは、これが真空管の真骨頂といっても良いだろう。
もとより好き嫌いのある事だから「いや、僕はトランジスタの方が良いと思う」という意見に異を唱える気は更々無いし、世の中に存在する全てのアンプを僕は聴いているわけではないから否定は出来ない。

ただ自分の耳で聴いた限りでは350Bを使った新藤アンプ124Dを超えたトランジスタアンプを聴いた事が無い。

後にこの真空管は6L6に換ったが、音の甲乙は付け難く、350Bは力強く迫力ある、言い換えるならじゃじゃ馬のような魅力があり、6L6350Bに欠けた音の繊細さと品性を持っている。350Bよりもう少し洗練された音の様に僕は思った。(ただし、6L6GCになるとある種の空気感のようなものが失われる。どうしてか僕に解るわけがないが)

トランジスタのメインアンプには迫力もあり、繊細さもちゃんと併せ持っていると僕は思うが、暖か味や潤いに欠けるという以外にもうひとつ何か大切なものが欠けているように僕には感じられる。
変な言い方をするようだが、植物には聴かせられない音であるように思う。

単に肌が合わないということかもしれないが、それが正確な言葉になって出てこない。

ミリヤードMI-120の音はこうした言葉にならないトランジスタアンプへの不満を感じさせないのである。
追っかけて売り手は「このアンプはプリとメインを個々に使う事が出来るが、プリメインとして使ってこそ本領を発揮する」と力説していたが納得のゆくアドバイスであった。

プリメインアンプもどちらかというとマニアから馬鹿にされがちな側面を持つが、何の、捨てたものではない。

プリとメインの間を最短で配線してあるわけだからそのメリットも大きいと云える。

モンスターケーブルを使えば問題ないと思うかもしれないが、アンプ間のケーブルは短ければ短いほど良く、無いのが一番良いという事に異論は無いだろう。第1モンスターケーブルという奴がとんだ食わせ者だから要注意でもある。
マニアの習性のようなもので中を覗いてみたら電解コンは全て日本製だった。(その他の部品の国籍は不明だが)
マニアの間では部品にも根強い信仰のようなものがあるが、日本の部品のレベルは近年猛烈に高くなった。僕らはこの世界に冠たる自国の技術レベルをもっと評価した方が良いと思う。

だがその生産レベルを中国に任せるようでは元の木阿弥である。

安かろう悪かろう。

女賢しゅうして牛売り損なう、というが常にトップを維持する努力を欠かしてならないのはコンピューターばかりではない。

結論を言うと、真空管とトランジスタはバランス良く配置すると、最高の相乗効果を発揮するものだと認識を新たにしたところである。
ミリヤードMI-120の後継機の音を聴いてみたいと思うが、何処で聴く事が出来るのだろう。

2011.04.13