特別の問題が生ずると、其れに対しては何か特別の方法を持って対処しなければならないのではないかとつい思ってしまう。
突発的な思いもよらぬ問題が起きた時,ものをいうのはそういう特別の対処法より,普段の心掛けと日常ではあまり役に立たない様々な知識である事が多い。
戦争を体験した諸先輩の話を総合してみると、死に直面した時一番役に立つ(冷静になれる)のはどうやら教養の持ち方であるようだ。
一言で言うと教養に基づく冷静な頭で下す判断が生死を分けることがあるということらしい。
例えば、塹壕の中で一番怖いのはカラカラと迫り来る戦車のキャタピラの音だと体験者は語る。
遠くに聴いていたこの音が次第に近付くのに比例して恐怖感がじわじわと増大し、予期していた事ながら現実化した死が刻々と迫って,死刑囚が聴く執行官の足音にも似てそれが監房の扉の前で止まるように、戦車が50m~30m程の所まで接近してきた,恐怖感は極限に達し、冷静さを失うと中には発狂して突然飛び出して撃たれてしまう事もあるそうだ、或いは銃を放り出して丸まってしまう事もあると云う。
逆に言うと、切羽詰まった時にこそ人間の全人格が現れると異口同音に仰るし僕もそう思う。
政治家、役人の世界は云うに及ばず、会社などあらゆる組織で責任問題が発生した時に、
人柄を見る事が出来る。
誰を信用して良くて誰を信用してはいけないかが解ると云っても良い。
と、こう切り出してしまうと違う話になってしまうから修正すると、僕などがやっているアンプ弄りでも、どうにも二進も三進も行かなくなる様な突発的というか困った事態に陥る事が時々あって、
こういう時にどう対処するかに結構人間性が出る事がある。
ほぼ完璧と思われた2回目の改造後、御機嫌宜しく聴いていたら、突然片方のアンプからパサパサと雑音、一度電源を落として再び電源を入れると初めの内はちゃんと音が出るのに暫くすると,
またパサパサとノイズが出た、翌日も2時間程するとこのパサパサが出始め、昨日と同じ症状。
こうした故障の原因は大概コンデンサーか真空管の不具合だから、
先ず左右のアンプの真空管を入れ替えてみるとやはり同じアンプから同じノイズが出る。
つまり真空管の故障ではないのでひと安心,次にドライバー管を抜いて電源を入れてみるとノイ ズは出ない。
どうやら出力段ではなく初段周りのコンデンサーか抵抗か或いは半田不良が原因らしい。
そこでブロックコンをドイツ製FTCAPの新品に換えたが駄目。
初段のソケットを換えてみたが矢張り駄目。
初段周りの抵抗を全て測り直したが異常なし。
ダイオード異常なし。50μの電解コン異常なし。
半田全て付け直し、矢張り駄目。
あと考えられるのは電源トランスとチョークの不具合だが通常考え難い。
バイアス用ポテンショメーターも再度付け換えたが矢張り駄目。
解る方がおられたら教えて頂きたい。何が原因だろう。
僕は電気的知識が無いから、こうなってしまうとお手上げである。
そこで考えた。もうひと組買っちまえばいい。
そして、このどうにもならないアンプの電源トランスを付け換えて思い入れのある6L6仕様に改造すれば一石二鳥でなないか。
出力トランスが原因でない事だけははっきりしているわけだから、これで全て解決するはずである。初期タイプの電源トランスはウンウン唸るから、この音も消えて何よりだろう。
思い立ったら即実行、数日後には新しい(と云っても中古だが)一組を入手。
早速全ての部品の良否を点検した結果、前回同様VRを付け、入力端子をキャノンに付け換えた後、電解コンの全て、12pと750pのマイカ、ダイオード、バイアス用ポテンショメーターを交換した。
ブロックコンはドイツのFTCAP、2個の50μはルビーゴールド、12Pと750Pはエルメンコ、0.1と0.25μはスプラグ・ブラックビューティー、ダイオードはWE ・IN1414,ポテンショメーターはクラロスタットのミル規格である。
オリジナルのMKⅢのカップリングコンデンサーはコーネルドゥビラーのブラックキャットだが、 これが硬質な音で少しキャンキャンしたところがある。
ある意味ではMKⅢの音をこのコンデンサーが特徴づけているとも云えるが、 このアンプがトランジスタ的な音だと云われるのもこのコンデンサーに依るところ大であるようだ。
非常にクリアーで綺麗な音だが、今回交換したブラックビューティーはキャンキャンしたところが取れるので僕の好みには合っている。特に0.1μの効果は意外なほど大きかった。
前回のアンフォムは更に音が円やかになりよりクラシック向きなので6L6仕様用に其の儘元のアンプに残すことにした。
ここらのコンデンサーに依る音の優劣は付け難く好みの分かれるところだろう。
ビタミンQなどのハーメチックも良いが違うアンプになってしまう。無論それで音が劣化するという事ではないので、それが好きなら一向構わぬ事だ。
ダイオードだが、僕は今回もWEを使ったけれども、シーメンスがとても良質なものを出している。WEの20分の1の価格で、音の差はピアノやビブラホンなどの余韻に若干の違いが出る程度だから大いにお勧めできる。
聴き比べない限りその違いに気付く事はまずないだろう。
僕は双方のアンプに片方ずつ付けてモノーラルレコードを掛け1台ずつ何回も聴き比べた。
それで、やっぱりそうかなー、という位の差でWEを採ったが、錯覚だったかもしれない。
改めてブロックコンFTCAPに触れてみよう。
40μ×2、20μ×2耐圧550Vだから容量的にMKⅢにはぴったりである。
背は低くずんぐりしていて黒のビニールでカバーしてあるからオリジナルのコーネルの銀色で背の高い奴とは少々ならず見た目の印象は違うが、音の贅肉が取れ、MKⅢの長所でも欠点でもあるトランジスタ臭さが和らぐ、ブラックビューティーとの相性はこの意味では抜群で、名実ともにこれで真空管アンプの本領を発揮するようになると云ってよいだろう。低音の厚みも更に増してより重厚な音になる。かと云ってMKⅢの持ち味が損なわれる様な事は無い。
今 迄ヴァイオリンの音が少々きつくて気になっていたが、これでヴァイオリンがちゃんとヴァイオリンの音になったと云ってもいいだろう。 オリジナルではクラ シックヴァイオリンがウェスタンヴァイオリンの様な音に聴こえる事があった。 一皮剥けて大人の音になったと云ったらいいだろうか。
次に球だが、試に6550をロシア製エレクトロハーモニク、5AR4をスヴェトラーナ製に差し替えてみたが、何の問題も無く素晴らしい音で鳴った。 信頼のおける店で確かなものを買いさえすればロシア製も捨てたものではない。カメラもそうだったが特許も糞も完璧なコピーを平然と造ってしまう国の面目躍如たるものを感じる。
しかし、ロシア製と云いながら実は中国製などという恐ろしい球も売られているらしいので要注意。
そればかりかRCAなどと印刷された中国球の存在も確認されているという。
そこで、更にこれらをエレクトロンとやらいう中国球に差し替えてみたが、物造りに対する根本的な姿勢やモラルの違いをその音に思わざるを得なかった。
人類の滅亡が現実化するとしたら、本気で数えると実際は20億人居るというこの国の国民の哲学とモラルの持ち方が主因となるだろう。この球で全ての努力が無駄になる。
最後に6550を元のタングゾルに、5AR4をムラードのプレートがギザギザの奴に戻し、
黄金の組み合わせの音を再確認、当り前だがやはり良い物は良い。
もうひとつ欲を言うとRCAの6550がダントツで音質が良い。少し幅が広く大き目のものと、
それより一廻り小ぶりのものが存在するが音質は変わらない。
残念なことに最近は余り見かけなくなったし、有っても箆棒な値段でもっと残念なのは僕はこの球を 3本しか持っていないので使えない事だ。
初段の6AN8はけっこう悪さをする事が多い球だが、ここでもRCAは落ち着きのある音で性能も安定しているようだ。
特に、赤印刷の物ではなく、橙色でRCA ERECTRON TUBEと印刷されその右に丸いロゴマークが記されたものが良い様だ、何時頃の球なのか解らないが、偶然見付けて入手したものだが大当たりだったようだ。-
さて、物事には何でも始めがあって終わりがある。
始めるのは簡単、だが止め時は往々にして見誤り、度を過ごし折角の努力を無駄にしてしまう。
「もう少し」というその一歩手前辺りが物事の止めどころなのかもしれない。
実はまだ改良の余地があるように思うのだが、今回のセットを弄るのはここらで止めることにした。
基本的に6550(KT88)は限界の見えた球なのではないかと聴いていてそう思った事もまた理由の一つである。
マッキンMC275もMKⅢとは違った意味ながらやはりKT88という球の限界を感じさせる。
これ以上これ等のアンプに何かを期待するのは単なる助平根性というものだろう。
6L6への改造が成功したらまた何か申し上げる事が出来るかもしれない。
2011.05.19