そのアベックに、職質を掛けたりするのは、多分に警察のやっかみだと若い頃思ったことがある。女の顔に懐中電灯を当てたりするのは、明らかに興味半分の嫌がらせであったろうが、まあ、こんなのは笑って済まされる話である。
警察が、通りすがりの人物に本気で職務質問をする基準は、その人物の全体のバランスに何か突飛な不自然さを見た時だという。
例えば、ばっちり正装しているのにズックを履いている、とか、よれよれの普段着なのに靴だけエナメルのピッカピカを履いている、とか、背広にネクタイなのに ズボンを履いていないとか、袴を履いているだとか、そういうバランスの悪さに不審の目を向けるのだそうだ。しかも、ほんの僅かなアンバランスにも気付くら しいから、そこはやはり職業というものなのだろう。
経営だって、バランスシートの上に、近頃流行りの偽装でなくて、ちゃんと乗っているか否かでその健全性が知れようというものだ。
若者の精神に安定を欠くところが多いのも、成長期のホルモンのアンバランスに拠るところ大だろうと思うが、どうあれ、世の中全て、バランスが欠けた時に、様々な不具合が生じるものである。
オーディオも然りであると、今まで散々に云ってきた事も間違いではない筈だ。
レコード再生に於いて、その音質を決定するものは、無論、各機器の性能に負うところだが、針先からスピーカーに至るまでの機器の全てが、同等のレベルの物で あるか否かといった、各機器間の性能のバランス、更に各機器の中身、使われている部品の品質のバランスにあると云って、やはり過言でなかろうと思う。
レコード再生は、云うまでも無く、超アナログの世界である。
針は、当初、竹だの鉄だのといった素材だったものが石に換わっても、レコードに刻まれた音溝を針でなぞって音を拾うという方法は、変わり様の無いまま今日を迎えている。
レザーで音溝をなぞるという、画期的ながら音に艶も色気もない、無機質な音の機械があるにはあるが、未だ研究の段階を越えていないと思う。
そして、アナログ中のアナログ、スピーカーは、ベルの電話の発明にその歴史が始まるが、その発明から137年間、各種の研究も虚しく、当初の原理、原型を殆ど変えようのないまま今日を迎えている。
針で音を拾う段階から、それを電気信号に変え、その電気信号を電力にして、スピーカーという原始的な機器に伝送し、振動板を振動させて、文字通り音速で超アナログ機器(?)耳の鼓膜を振動させ、脳に、それを音として感知させる。
そこで始めて、レコードに刻まれた音溝が、音声として、僕等の感性に何事かを訴えるのである。
だから、其の音の連続が、美しいか否かを巡って、オーディオマニアはそれを恰も人生の一大事として一喜一憂して来たのであって、感性を左右するのだから、多寡が音の事とは云え、疎かには出来ないで来たのである。
音が上手く出ないときの気分というのは全く不快なものだから、ややもするとそれを翌日まで引き摺り、仕事上の思わぬ失敗につながる事だってあり得る。
感性のない人にとっては、音は単なる音以外ではない筈だから、美しいも穢いも無いので「気分の優れないのは、昨日の音の所為なのだ」などと同僚に言い訳したって通じる話ではない。「あの野郎、おかしいのじゃあねえか」と、煙たがられるのが落ちである。
劣化した音声が、人生を一歩一歩踏み誤ってゆく遠因になることだって、だから無いとは言えないのだ。
音マニアにとって、それ程に重要な「美音」、それは、僅か一ミル前後の針先から、アンプ、スピーカーに至るまでの全ての機器の、微妙なバランスの上に成り立っている。
その、各機器の、全体のバランスが僅かでも狂うと、どうしても良い音が出ないから、しょうが無くて色々と機器を買い替えてみるものの、うまく行かない。
オーディオマニアなら、ほぼ例外なくこうしたジレンマを経験している事だろう。
無論、僕も経験した。
振り返ってみると、それを最も惑わすものが、メーカーの宣伝文句であるのは言を俟たない。実に旨い事を言う。おれおれ詐欺の様なもので、解っていてもついひっかかる。
それをまた、評論家が提灯を持って周りから煽りたてるので、ついうっかり銀行に振込んでしまう。
おれおれ詐欺と違うところは、若いほど引っかかり易く、ジジは引っかかり難いというところかもしれない。
メーカー製で、ほぼ例外なく、最も品質の疑わしいのは「スピーカーネットワーク」である。これが、音を惑わす最大のネックだと言っても過言ではなかろう。
これは、通常スピーカーボックスの中にあって、見えないし、ネットワークとして単体で売られているケースは少なく、スピーカーの付属品或いは一部として組み 込まれており、スピーカーと一体のものとして僕等の観念の中にあるから、それが見落とす原因の一つであるかもしれない。
解り切った事だが、ネットワークは低音・中音・高音其々のスピーカーを一つのスピーカーとして繋ぐ、その繋ぎ目、「かすがい」だから、単体のスピーカーユニットを生かすも殺すも、実はネットワークとスピーカーボックスの性能に掛っている。
逆に言うと、どんなに優秀なスピーカーユニットも、この二つの性能が悪ければ、まず良い音が出る事は無いと云い切る事が出来る。
例え1000万円のスピーカーでも例外ではない。
ヴァイタボックス(Vitavox)コーナーホーンのネットワークの品質が酷い物だった事を以前申し上げたことがある。
オリジナルのネットワークの品質は、全く、語るに落ちる粗悪な部品が使われている。
最高級のスピーカーだというのに、よくもこんな粗末なものを使ってくれたものだと、呆れてものも言えなかった代物である。
スピーカー及びエンクロージャーのレベルと比較してみると、そのバランスの悪さは歴然としており、スポーツカーに軽自動車のミッションを使っているに等しい代物だと言っておこう。
が、これは当然ながら、ヴァイタボックスに限った事ではなくて、昔から現在に至るまで、殆ど全てのスピーカーに共通する欠陥、しかも、全オーディオ機器の中で見落とされた最大の欠陥であり、アルテックやJBLなどの品質も当然ながら例外ではない。
JBLがアルテックなどと同様、WEの血筋である事は御承知の通りで、だから、本来とても良い音のスピーカーであるにもかかわらず、4343や4350に代表されるあの穢い音はどうした事か、以前から不思議でならなかった。
また、それ以前のパラゴン、オリンパス等も、どうにも納得出来ない音だった。
オリンパスの箱の化粧違いの「サブリン」に、随分と手を入れた事が有ったが、どうやっても旨く鳴らなかった事が有って、基本的にJBLは音が穢いのだろうと業を煮やし、怒りを込めて、こいつを売り払った事を昨日の様に覚えている。
当時の評論家諸氏には申し訳ないが、不思議な感性で物を申されるものだと、JBLへの幾多の賞賛に不信感をつのらせたものだった。この感想は今でも変わらないが、JBLに対する評価はしかし、ここにきてがらりと変わった。
JBLの血統は、正しくWEであり、「本当は、WEを上回る程の実力を持っていた」この事をお話ししたい。
曲者はやはりネットワークだったのである。
しかし当時、ネットワークは、従来の抵抗とコンデンサーの組み合わせによるものでしか対応できなかった。これはやむを得ない事であり、敢えてメーカーの責任を問うならば、その抵抗とコンデンサーの品質を落としたところにあると云えるだろう。
ヴァイタボックス然り、JBL然り、アルテック然りである。
ネットワークは、各スピーカー間を、ただ繋ぎさえすればよいというものではないことを、今ではもう誰でも知っていると思うが、では、どうするのかとなると、結構難しい。
ちゃんと作れば嵩張るし、ネットワークそのものが音を出すわけではないから金を掛けたくないし。
品質を上げると云っても、ではどう上げるのか。使う抵抗とコンデンサーの品質に付いては、以前申し上げた事があるが、それを繰り返すのではなく、今回は全く違う発想によるネットワークの事を申し上げようと思う。
ここから先は、Venetor Soundの試作システムを聴かせて貰った時の話である。
視聴用のスピーカーは、今お話しした通り嫌な思いをしたJBLだったから、期待はしなかった。しかもパラゴン、オリンパス当時の物より明らかに品質が劣ると思っていた「4343」の上に何故か「2440」のホーンが載ったものだった。
どうにも首を傾げたくなる光景である。
しかし、Venetor Soundのやる事に定石は無いから、所謂サプライズが期待できるのかもしれないと、淡い期待も無いではなかったが、繰り返す、何と言っても嫌いな、もう一つ突っ込むなら眼の前にあるスピーカーは「唾棄すべきJBL」である。
不審を隠せず、根が子供っぽい性格だから「4343ねえ。それにこのホーンですかい」と思わず口を突いて出てしまった。
すると「JBLオリジナルのネットワークは取り外した」との回答。
マルチチャンネルでもやるのかと思ったがチャンネル・デバイダーは見当たらない、「チャンネル・デイダーは何処にあるの」と聞いてみると、見慣れない黒い箱を示し「これパソコンです」との言、不信感は倍増である。
パソコンが4WAYのチャンネル・デバイダーとは吃驚、ところが社長、余裕でニコニコ「そのとうりです」、
続けて社長は、「ご存知のとうり、ネットワークもチャンデバもコイルとコンデンサーで周波数帯分割している、チャンネル数が増えれば増えるほど、音の通る周波数分割用のフィルターが増える、コントロール・AMPより良い素材のチャンデバなぞありえない」と力説。
「このパソコンのソフトは凄いですよ、評論家より造詣の深いIさんでも全部説明すると頭の中がパニクルからスピーカに関係することから説明する」と社長さん、 僕の事なら、基より電子関係の知識はゼロだから、逆にパニックにはなり様が無くて、ひたすら、音が良いか悪いか、感覚でしかものが言えない。評論家のよう な知識は持っていないし、持ちたいとも思わない。
僕はただ、聴いて心地よければそれで良いので、他に要求するものは何もないのである。
兎も角、先入観を一時止めて「聞いてみたい」とはどんな場合も思うので、それを察知してか早速パソコンを立ち上げてくれた。
画面を見るとWindows8の画面、W8くらいは知っているがもうアプリを作ってるとは、暫く音沙汰が無かったのはどうやらこの開発に余念が無かったと見て間違いなかろう。
今は人間国宝になっている山本邦山の銀界を出して鳴らしてくれた、出てきた音は、以前聞いたどのJBLの音でもない、横須賀で聴いたWEも凄かったが、驚いた事に、このWEとは次元を異にする、澄みきった音だ。
邦山の次は何と美空ひばりだった。大好きな歌手ながら、美空ひばりを普段聴く事は無い。社長は僕をからかったのかと思ったがそうではなかった。
美空ひばりの耳はクロノメーターよりも正確にテンポを捉え、ほんの僅かな音程の狂いも聴き分けたらしく、それを的確に指摘されるので、伴奏は極度の緊張を強 いられたと聞くから、どうやらそうした聴覚の限界の様な現場から出来上がったレコードから何が聴き採れるかを、聴かせたかったのかもしれない。
ちょっ と表現に苦しむ。オーディオで生を追求する事は間違いだ。生の音がオーディオから出てくる道理は端から無い。そんな事はとっくに承知している積りだった が、生き生きと目の前で歌っているようなこの音に動揺が隠せず、生々しいという点では、僕の聴いた最も素晴らしいWEの音を凌駕していた。明らかにJBLの音と感じられるのは、ほんの僅かにTweterの音癖くらいのものだった。
テレビの声からは決して見えてこない、荒廃した戦後の闇市の光景が見え、そこに一点の光明を見出した、昭和のあの唄声が聴こえてくる。子供の頃の記憶が甦る。
本当のJBLの音が今鳴っているのかもしれないと、正直この時思った。
つまり、、当時の評論家を含めて、僕等は今迄誰一人、本当のJBLの音を聞いてこなかったという事になるのではないか。
「アナログは無限、デジタルは有限、現代の技術で有限が無限に近くなる、でもMCカートリッジからの信号は特に微弱、MCヘッドホンAMP、イコライザー AMPが音質のすべてを決めている、Lineレベルまで増幅し、それをADCでデジタルにすればしめたものもうアナログに近い音質になる、デジタル化され た音源を4WAYの各々に設定されたチャンネルの帯域に毎にチャンデバのように分割する。分割されたデジタル音源をDACでアナログにしてパワーAMPに いれる。その音を今聞いてもらった」と、社長。
後で気がついたのだがLINのexiaktでも同じ機能があるが価格は850万、Venetor Soundはまだ価格を決めてないようだ。
以下は社長の堤剛さんがある人にあてた手紙。
○○様
こちらこそご無沙汰しています。
現在ステレオ・イコライザーAMPの量産試作の最終調整をしております。
調整作業は自傷行為の連続です、VT-MPEQと同じ回路でステレオVT-STEQを作ったのですが、なんとなく表現力が弱いのが分かっていましたが、VT-MPEQを1台VT-MCTLを3台購入購入されたお客様のお宅でデモいたしましたら、鐘、シンバルの音の拡散スピードと広がりが狭いねー、VT-MCTLの70パーセント位だねと駄目だしを受けました.。
解像度はVT-MCTLと同じ、新藤ラボのイコライザーよりは断然いい が、そんな批評を頂いた結果をエンジニアーに伝えたところ同じ回路なのにそんなはずはないとの一点張り。
私なりにお客様の70パーセントをヒントに推理したらナーンダ分かった出力のFETアンプは同数、入力アンプは倍、バッテリーは同数ならばバッテリーを2倍にしたら見事解決VT-STEQはVT-MPEQを超えまし たやっと発売できそうです。
私たちはコンピュータのSI屋なのでお見せしたとうり、MCのHEAD・AMPからPCへの記録再生、NET・WORKまでの音楽を楽しむためのワーク・フローの提供を考えています。
当社はLINNのようにお金持ちではありませんし、善良なリスナーから身包み剥ぐような価格設定してお金儲けにいそしめるような環境で育っておりません、ようは不器用なだけかもしれません。
現在パソコン用のアナログ電源を開発しています。スイチング電源は音には良くなく、ほとんどが中国製も気に入りません。
LINNのことですが、PCの性能が勝手にガンガン上がるので、LINNといえども専用のデジタルプロセッシングの開発をし続ければオーデイオのガラパゴスになるの は必定と思いますが、LINもさるものプロセッシング用の基盤は台湾製の安い基盤をつかい数百万の価格設定で儲けまくっています。
Venetor Soundは年内までに8WAYのデジタル・ネットワークを構築できるシステム・ソリューションを開発しています。
レコードの曲分割自動ファイル生成、レコード針によるスクラッチノイズのギャザリングと除去、ハムノイズの除去などの開発をしています。
一連のワークフローが完成いたしましたらお見せいたします。
VT-STEQがお渡しできるようになったらご通知いたしますので宜しくお願いいたします。
堤
当り前だが、ちゃんとお断わりして掲載している。原文のままである。
さて、どんな製品になって、どの位の価格で登場してくるだろうか。
残念な事が一つある。僕のスピーカーはフルレンジである。
こうなったら、一つ、JBLでも買おうか。
2014.06.26