2015年5月19日火曜日

我が、蹉跌のオーディオファイル #25
レコードの塵


音楽の友社から発売されていた「クラシックレコード総目録」が絶版になったのは確か1988年であったと思う。

その最後の1988年版のサブタイトルには(CD及びLP完全収録)と記されている。その前まではレコード及びCDと記されていたと記憶するが要するにこの時点で既にCDとレコードの立ち位置は逆転しており、中を見てみるとCDとレコードが併記されてはいるものの、主だった作品はCDが主体でありレコードは序に記してある程度である。

ネットで検索してみると、1982年頃から発売されたCDは、僅か4年余りの1986年には発売総数でレコードを抜き、1990年になるとレコードの生産がほぼ終わった、とある。
つまり、88年という年は、既にレコードがCDに逆転され、駆逐される寸前であった事をこの目録でも確認する事が出来る。

あっという間の出来事だったと今更思いを新たにする。

何が原因であったのか、レコードの「取り回しの不便さ」と同時に塵や傷に依る「ノイズ」や重く嵩張るところが主因ではなかったかと、思うところを以前申し上げたことがある。特に傷や塵に依るプチノイズは不快であり、楽興を削がれる事この上ない。おまけにどういう訳か曲趣の一番高揚するところに限ってこのノイズは発生する。

演奏が終わった一瞬の静寂、其処には深い幽玄の世界が存在する。

或るテレビの対談で「静寂も偉大な音だ」と某フラメンコダンサーが語っていた。その通りだと共感するが、プチノイズにはその「偉大な音」を叩き壊すような、知ったかの「ブラボー」を聴かされるような不快感がある。何故この時ばかり普段使う事も出来ないフランス語の掛け声を掛けるのか理解に苦しむが、云ってみればそうした「ブラボー」を一曲の間に何回もやられるようなものだから、余りノイズの酷いレコードはいつの間にか聴かなくなるし、レコードのクリーナーに当時は優秀な物を得なかったから、レコード全体が衰退したのではないかとも推察する。

そこに、小さくて収納に場所を取らないし、持ち運びも便利で音質もまあまあ、しかもノイズ無し、のCDが出てきたのだからあの趨勢はやむを得なかったと確かに思う。

悪い物が良い物にとって代わる、事音に関してはどちらが優れているか万人に確認可能と思われたが、気が付いた時にはレコードが市場から消えていた。音に限らずあらゆる分野でこういう事は起こり得る。優秀で優れた物(人)が認められるとは限らない。そろそろ罷免されそうだが、現防衛大臣は確かに在任しておられるのである。

どうあれ、レコードはCDに駆逐された。
あれから約30年が経った。

そのレコードが今になって一部のマニアから見直されている。
音が良いからである。

ハイレゾ音源の音の良さがCDを駆逐しつつあるようだと思っていたら、iPADやスマホをクラウドで利用すれば音質はもっと向上し何処へでも膨大な音楽を持ち運ぶ事が出来る。(いや、持ち運ぶのではなく、何処へでも付いてくるし、音楽データの保存場所は天空である)そうした音楽世界が始まろうとしている所為か、思った様にハイレゾ通信の商売が伸びていないらしい。

アメリカではこのサービスがもう始っており、アップル、グーグル、アマゾン、ヤフーなどが既に競争状態に有るという。何時もの通り日本は立ち遅れて、今秋からNTTがサービスを開始するらしい。
例えば、アマゾンでは5GBまで無料、10Gまで年間10ドル、アマゾンでアルバムを一枚買うと20GBまで無料でアップロード出来るらしい。WEBやアンドロイドで利用できるという事である。現在はアメリカのみ対応しているらしい。

無論著作権やセキュリティーの問題が未解決のままの見切り発車と思われる。

著作権に対しては、我が国の最高裁は厳しい判断をしているようだから、例によって例のごとく我が国は立ち遅れて行くのであるが、クラウドから取り込んだ音楽が如何なるものか興味は尽きないし、聴いてみたいとは思う。

しかし、結局音質でレコードに太刀打ちできないだろう事は聴く前から明白であるとほぼ確信するが、但し、どうしても「ノイズが無ければ」と其処には原始的な条件が欠かせない。音の良さや、音に内在する音楽性など現代人は余り気にしない様子がうかがわれる。

そいうことよりも、利便性や歪んでいてもノイズの無い音が優先されるようだ。

それは兎も角、昔から塵や傷に依るノイズがレコードの最大の弱点であることは確かである。
しかし、このノイズは有効に除去する事が可能である。レコードのノイズは当残ながら傷と塵の付着によって発生するが、余程取り扱いや保管状態の悪かった物を除き、見た目で解るような傷が無い限り、傷に関しては余り気にする必要はなく、ノイズの大半は塵の付着を原因とする。諸悪の根源は塵に有る。従って、この塵を完璧に取り除く事が出来さえすれば、レコードはこの時代に有っても依然として最高音質の音源である事は間違いないだろう。

では、そのノイズをどうやって除去するか。

皮肉なことにレコード全盛時代よりも、CDに駆逐され、ハイレゾだクラウドだと云ってレコードなど忘れ去られた現在の方が遥かにレコードの塵取り技術は向上しており、バキュームで吸い取る。超音波で取り除く。といった大掛かりな物もあるし、クリーナーも良いものが開発されている。
30年ほど前から、バキューム方式のクリーナーは英国製の物が30万円前後で市場に出ていたが、これはクリーニング液を盤面に塗って塵を浮かせ、その塵付きのクリーニング液を糸に沁み込ませてそれを吸い上げるという方式の物で、技術的に問題が無いわけが無かろうと素人でも見当がつくのと価格が高い事で、今一つ伸びなかった。

バキューム式の現行製品は、流石に糸を吸い込むなどという、盤面に傷を付けるのではないかと一般の我々にも不安を抱かせる様な代物ではないが、業とする人にクリーニングをお願いして試してみたところ、普通の塵は取れたが、頑固な汚れは取れない儘で戻って来た。
この手の大掛かりな機械に期待するところは、盤面を擦って新たな傷を付ける事無く、諦めていた頑固な汚れを除去する事だからその頑固な塵が取れなければ論外と云ってよいだろう。



様々なクリーナーを試してみて、結局長年使い続けているのはレイカのBALANCE WASHER 33A,Bというクリーナーである。
A液で黴や汚れを取り除き、B液で安定した保存が得られるようにする。
クリーニング液の拭き取りには、ビスコ33という紙を使う。これでせっせと盤面から塵を拭き取るのである。
原始的だがこのセットの右に出るクリーナーは今迄無かったと確信している。
極めて優秀なクリーニングセットだと思う。

当然ながら傷まで修復する事は出来ないが、先にも云った様にレコードのノイズの大半は塵に依るものだから、傷さえ無ければほぼ完璧にノイズを取り除く事が出来るし長期にわたって黴の発生を防ぐ事が出来る。
敢えて欠点を云うなら、2液使って同じ作業を2度繰り返さなければならない面倒と、ビスコ33がプリンターのインクの様にボディーブローが効いてきてランニングコストが馬鹿にならないという2点だろう。

御承知のようにエレベーターは修理点検で儲ける。プリンターはインクで儲ける。こうしたランニングコストで儲ける商売は身近に幾つも存在していて、インクなど買う度に苦々しい思いをさせられるが、このクリーナーも紙が残り少なくなってくると、今迄の有難味が何処かにすっ飛んで、毎回何やらしてやられた様な思いがする。しかし、優秀だから止められない。それがまた不愉快という悪循環に陥るのである。

年金生活に入って小銭を勘定し始めると、貴方がたも実感される事だろう。

だが、こればかりは他に変えられないと諦めていたところ、MUSIKANOVAという会社からレイカのこの2つの欠点をほぼ完璧に克服したクリーナーが開発された。
クリーニングは1回で済み、浮き上がった塵を取り除く訳だから盤面を強く擦る必要が無いので、吸水性の良い紙又は布なら何でも使えるし、付属するマイクファイバークロスという布は非常に優秀である。

ノイズ除去性能は、レイカ製品に勝るとも劣らない。後はクリーニング効果、黴の発生防止を何時まで持続出来るかの問題だが、こればかりは数年経ってみないと確証を得られない。レイカの製品はこの点の優秀性も既に確認されている所が強みである。

このクリーナーを入手してから既に30枚ほどのレコードをクリーニングしたが、どれも一発でピカピカに仕上がり、中に黴だらけの凄い奴もあったが、これも一発で決まった。

子供のころから家に有って、転がして遊んでいたレコードを以前レイカのクリーナーでクリーニングした時は充分に塵を取り切れず、繰り返し聴く気にはなれなかったが、今回のクリーニングでははっきり効果が現れ、PCのライブラリーに加える事が出来た。だが、これは以前レイカでクリーニングしているから本当はどちらのクリーナーが有効であったのか解らず、引き分けだろう。

纏めると、要するに両方使えば文句ねーだろうという事になる。何処かで聴いたセリフだが「何か、文句がありますか」 そうだ、云い忘れたけれどもクリーニング後は必ず内袋を新品に替える事が肝心である。そうしないとクリーニング前の黴や塵が再び付着する。

かくして聴くレコードの音と、クラウドという天空に浮遊し、天から降って湧いてくる奇態な電波との音の差はやはり歴然としているだろうと推察する。

後は、音という文化文明の基軸の様なものをどう捉えるかという、我々受け取る側の感性の問題だろう。敏感に感じ取るか、鈍感でどうでもよいとするか、この資質の違いは案外各々の人生を物語る事に通ずるものかもしれない。

良い音で、心に残る音楽を聴くためにはだからせっせとレコードの塵を取り除く事が肝腎だ。

2012.04.25