2015年5月12日火曜日

我が、蹉跌のオーディオファイル #24
アンプと真空管

件のアンペックスのイコライザー、球は12AX7である。

これを通常僕はGE5751に差し替えて使っている。

12AX7E803CCだったか、テレフンケンに音の良さでは定評のある球が存在する。

詳しいスペック的な事は知らないが、以前「これがテレフンケンの中で最高の球である。使ってみないか」と云われて一週間程借りた事があって、その音の良さは一応体験している。
所詮音は好みだから、良いとか悪いとか言ったって個人の感覚でしかないが、このテレフンケンは猛烈好みに合っていたから、喉から手が出るほど欲しかった。だが、値段を聞いたら「4万円だ」と云う。2本で8万円。希少な球で飛んじまったらスペアが無い。

30年前この球は確か5000円しなかったと記憶している。高くても1万円程度だった筈である。それが4万円。

こういった際物と云ってもいいようなものに僕は決して手を出さない。

も う歳だし死ぬまで安心して聴く事が出来るように充分なスペアを用意して置きたいのである。無論、このテレフンケンを5本程、全部で5万円程度で入手できる なら物も云わずに買うだろうが、5本で20万円など年金暮らしで食うのがやっとのジジイにとっては冗談では済まされない金額である。いや、そうでなくて大 金持ちだと仮定してもやはり僕は手を出さない。何というか、してやられているようで気分が悪いのである。

「もう2度と出ませんぜ」といったセリフに乗るのは嫌なのである。

一 頃僕はこのセリフに弱かった。特にカメラがいけなかった。デアドルフの11×14(10×10の一回り大きい奴)、以前、あの可愛い宮沢りえさんを丸裸に ひん剥いた某カメラマンが大相撲の全関係者、理事長から呼び出しに至るまで、を国技館に集めて「ハーイ、イキマッセ」バシャ!とやったカメラの一回り小さ いサイズの木製カメラである。

こんなものをどうするつもりだったか、「2度と出ませんぜ」と云われてその気になった。
要するに懲りているのである。

一 時期世界のライカは日本に集まっていると云われた。それが今では中国に大移動しているのだそうだ。0を2個くらい余計に付けると飛ぶように売れるらしいか ら、このテレフンケンの球も中国に持って行って4万円などとケチなことを言わずに0二つか三つ余計に付けたら飛ぶように売れるかもしれない。

それにしても中国の腐れアンプに挿すには如何にも勿体ないが、仕方あるまい、金銭とはそうした性質のものなのだ。

以前のイコライザーにはRCA5751を挿していた。

この球は実に良い球である。文字が赤ではなく橙色で印刷されているブラックプレートとかいう奴である。

こ の球をアンペックスのイコライザーに挿すと、大概のレコードは信じられないレベルで再現される。レコードにはこんな音まで入っていたのかと再生機器をグ レードアップする度に新たな発見があり、レコードの情報量の多さに何時も驚かされてきたが、これは駄目押しと云っていいのだろう、おそらくこのイコライ ザーはレコードに刻まれた音の全てを本当に余すところなく再現していると僕は思う。

アンペックスがオリジナルのこのイコライザーでどういう球を使っていたかは知らないが、プロ機専門のアンペックスである、僕がもし設計者だったら迷わずRCAブラックプレートを指定するだろう。

だが僕はGEの5751を使っている。GEは微妙な差ながら高音が今少し柔らかく、RCAの様に耳に突き刺さるようなところが無くて耳触りが良い。


僕が此方を挿しているのは、我が家でのんびり聴いている分には余り刺激的でない方が疲れないからである。だが、時には若者が好むような刺激音が聴きたい時もあり、そうした時は差し替えて聴いている。

要するにGEは家庭的な音がすると云ってもいいのかもしれない。

都合のよい事にシャーシーの選び間違えで、アンプに蓋が出来ず、中身が丸出しだから球の差替えは簡単である。


12AX7はもうひとつアンぺレックスの笛吹童子とかいう渾名の付いた奴を持っていて、これも人によって好みの分かれるところだろうが、妙に落ち着いた音がして、僕はまだここまでジジイが追い付いておらず、何だか物足りない。

決して悪い球ではないので後15年ほど生きていたら改めて聴いてみようと思う。
もしかしたら病みつきになって、そのまま気持良く昇天できるかもしれない。

しかし、この球も数が少ないのか新品には殆ど御目にかかる事が無く、中古も結構な高値である。30年前には1000円程度だったと記憶している。
この球には赤で印刷されたものもあるが、少なくとも僕の持っている赤は論外に音が悪い。

マニアの間では当り前のことで態々口にすることではないが、同じメーカーの球でも製造年代やロットによって音は違うし、同じ12AX7にも松竹梅があって音に優劣がある。


アンペックスのイコライザーは回路的には単純で通常の三極管の増幅回路に負帰還を掛けて位相を反転し、更に正帰還を掛けたものである。

僕は有り合わせの部品で組んだが、部品を厳選すればもう一段音質は向上するに違いないと思う。やってみたい気もするが、僕はもうこの音で充分である。
こうして組んだイコライザーが正規の製品となった時いったいいくらの値段が付くのだろう。
もう随分前の話だが、某メーカーの工場原価2万円のコンポの価格が20万円でゼロが一つ増えていた事を記憶している。10倍である。

これを其の儘このイコライザーに当てはめてみると、製造原価は約7万円だから定価は70万円という事になる。これを会社ベースで部品の仕入れを起こせば当然製造原価はもっと下がる。半額まで下がったと仮定して定価は35万円である。更にそれを一般商品としてギリギリのところで音質を確保すべく部品を選定してゆけば部品コストは大幅に下がる筈だから1万円以下に抑える事が出来るかもしれない。そうすれば10万円を切る商品が出来上がる。

僕は今RMEのインターフェイス「ベビーフェイス」を使っているが、市場価格は7万円前後、いったいコストがどの位なのか知りたいところである。

アンペックス回路のこのイコライザーをベビーフェイスでデジタル変換してパソコンに採り込んだ音を、ベネターサウンドのVT-DAC192-Kでアナログ化して再生し音楽を楽しんでいる。

ベビーフェイスのDACの音も捨てたものではなく、コストパフォーマンスの観点からすれば断然合格であるが、VT-DAC192-Kと聴き比べてしまうと、随分と音が甘い(緩んでいるように聞こえる)ように思う。

僭越ながら我が装置をより具体的に言うと、ELACSTS322オルトフォンSPU-AとベネターサウンドのヘッドアンプVT-MCTLで昇圧した音を 音楽によって使い分け、アンペックスのイコライザーにベビーフェイスを直結し、iMACにインストールしたサウンドセイバーというソフトでハイレゾ録音し て音楽を整理収納して、その音をベネターサウンドのVT-DAC192-Kでアナログ化し、赤豚0001というプリを通し、ダイナコMKⅢをメインアンプ として、WIGOの段付き30センチフルレンジのオリジナル箱入りのスピーカーでやっとこさ音楽を聴いている。我ながらご苦労な事だ。

専門家の目から見れば随分といい加減な組み合わせかもしれないが、僕の好みには充分答えてくれている。

オーディオは追究してゆけば際限ないからこの先幾らでもやり様がある事は承知しているが、何処かで止めておく節度が必要だと僕は強く思っている。
そうしないと音楽を聴くという本来のオーディオの目的が、音そのものの追求が主目的になってしまって違う方向へ行ってしまう。まあ、その趣味も悪くないし楽 しいだろうが、僕にとっては本来の目的からちょっとずれてしまうから機械いじりはこの辺で暫く休止しようと思っている。

このイコライザーさえあればもういい。そう思わせるほどこのイコライザーは素晴らしい。決して自画自賛ではない。僕は半田付けして只組んだだけである。

CBSソニーのレコードの音は今一つ好きになれない。何と云うか、音採りの技術が妙に先行していて、客席で聴く音楽というより、自分も音採りの現場に居合わせている様な、眼の球に指を突っ込めるような距離で楽器の音を聴いている様な錯覚に陥る事がある。

その典型とも云える「56AC 1404~5」の2枚組が我が家にある。MASTER SOUND DR DEGITARL RECORDINGとあり、(音の極限を追求した話題のディスク)と帯に記してある。

グレン・グールド弾く、ハイドンの後期ピアノソナタ6曲である。
これをRCA5751を挿したアンペックスイコライザーで聴いてみた。

まるで自分がグールドであるかのような錯覚に陥る程、音の品性は兎も角として生々しい音で鳴った。グールドの鼻歌は時にうるさく煩わしいが、この音で聴いてみるとそんなグールドの気持ちも解るような気さえしてくる。

一般的にグールドは奇人であったとされている。だが、果たしてそうか、こうやって聴いてみると、グールドはただ極度にピアノに集中しているだけで、その集中 度が他のピアニストに比して極度に高いというだけなのではないかと思うが、何か日常生活に奇行でもみられたのだろうか。

様々なピアノ演奏の中で、 僕はリヒテルの平均律をダントツの一番に推すが、この演奏に向ったリヒテルの集中力とグールドの集中力は殆ど同様のものではなかったか、どちらも常人の業 ではない。ただ、違う所は鼻歌の有無だけであると僕は思う。グールドは決して奇人ではないと思う。

ある女性がグールドを極度に嫌った。その女性こそ少し変わっていて、色々な事象や人心を見通すような才のある人だった。多くは語られなかったが「嫌悪する」と云われた。
僕に見える事ではないが、グールドの人となりの何かが見えたのだろうか。

人は様々だから一つの事象に色々な受け取り様があるのは解るが、グールドに関してこう極端に違う意見を聴かされてみると、この女性に今の装置でグールドのハイドンをお聞かせしたら何とおっしゃるだろうと、別の興味が湧いてくる。

もっとも嫌悪していらっしゃるのだから試みようとしても無駄だろうが。どんな感想をお持ちになるだろ。

ある日その方にリヒテルの平均律をお聞かせしたら絶賛しておられたが。
まあ、それは兎も角、気持ち悪いほど生々しく、突き刺さるような高音とその余韻、腹の底に響く低音。そして生きている様な鼻歌。

特筆物のこのレコードはRCA5751で聴く方が断然面白いから、おそらく音響的特質に優れているのはGEよりもRCAなのだろう。

それともうひとつ、稀代の名録音プロデューサー、ジョン・カルショーの手になるショルティーの「ラインの黄金」の様な気違いじみたレコードを再生するにはやはりRCAが向いているように思う。

比べてバッハやモーツアルトは何に依らずGEの音の方が僕は好きである。

ギリギリとんがって聴く音楽ではないからかもしれない。そのどちらをも完璧に鳴らすのが前述のテレフンケンである事を体験的に云う事が出来るけれども、もう一度云うが、昨今のこの球の価格は犯罪的ですらある。

云うまでもなく希少価値が高値を呼ぶのである。
無論趣味の問題だから、そうした際物に近い機器や部品を使ってこそ気持良く音楽を聴く事が出来るという人が居たって一向構わぬ事だが、僕はそうでない。

繰り返すが「この球が飛んだらどうしよう」といった心配をしながら音楽を聴いても何だか落着かないのである。オーディオは音楽を聴くための手段だからオーディオ機器や部品そのものを主体には考えていない。

だから、オーディオに関する唯一の関心事は、単純にその音が好きか嫌いかと云うに尽きる。

大別してアナログ音が好きかデジタル音が好きかを問われるなら、云うまでも無くアナログ音を取るから、其処で大きく方向性が決まってくる。以下同様に機種が 決まってくるので、細かいスペック的な問題は殆ど無視している。スペックから音を想像できるほどプロフェッショナルではないから、専門誌の解説や論評で機 種選択した事は過去にないが、RMEの「ベビーフェイス」は例外的に専門誌の記事から選んだ。

これは大当たりだった。先にも述べたがしかし、そのDAC部は専門誌や評論家が鼻もひっかけないベネターサウンドのVT-DAC192-Kに遠く及ばない。

隠れた名機と云うのか、専門誌や評論家が気付かずに通り過ごすか或いは故意に外した物の中に他にも多くの名機が存在するかもしれない。そういう意味では名器だと僕は確信するが、GE5751も何故かマニアの間ではあまり話題にならない。

テレフンケンやシーメンス、マツダ、ムラード、アンぺレックスといった名はよく耳にするし、RCAも当然有名どころの仲間入りをしているが、GEはどうも一段低く見られているような気がする。
それが何故だか僕には解らない。

GEにはもう一つ6072(12AY7)という球があって、この球もどういう訳かマニアの間で全く相手にされていない。どうやら6072はオーディオに適さないと判断されているようだ。

だが、僕が30年間使っていたイコライザーの球は6072であった。
このイコライザーはマニアの間では極め付きの名機と評判をとった文字通り名機中の名機であるが、何故かこの名機に使われている6072は話題にならなかったばかりか、6072と聞いただけで「そんな球は論外」という答えが返ってくる。誰もがそう云う。

では何故あのイコライザーが名機の誉れ高いのか、その音楽性の高さはまず右に出るものはないと僕は思っているが、6072はやはり話題にすらならない。

先生と呼ばれている某氏もやはり鼻もひっかけなかった。「この球でプリ(イコライザーを含む)を造ってみたいのですが」とお尋ねしたら「そんな駄球でアンプを造ろうと思うこと自体間違いである」と厳しく叱られ、何やら別の球の回路のスケッチを描いて下さった。

どうしてだろう、現実に右に出るものの無い音が出ているのに。

優秀な物が(人も)疎外されてゆくにはある一定のメカニズムが働くようだ。
解り切った事だが、何らかの理由で特定の集団の大方が不都合とするのである。人の場合もその不都合を優秀な頭脳で推進しようとすると必ず体制から外される。優秀であればある程大方からは危険と見なされる。

何らかの理由で6072はそうした運命に晒されているのかもしれない。

だからという訳ではないが、この次もしアンプを造るならどうしてもこの球でやってみたいと思う。
しかし僕に電気の知識はゼロだから、部品の価を色々変えて一つ一つ音を確かめながらやってみるしか無かろう。いやはやこいつは大変だ。

気の遠くなるような話だから今のところ手を付ける気にならないでいる。

安易なやり方として、このアンペックスのイコライザーの球を6072に差し替えて音を確認しながら部品の価を換えてゆけばいずれ結論は出るだろう。
しかし、「天下のアンペックスの回路を素人が弄ってどうなるものでもなかろうよ」との指摘もあった。

真にごもっともである。仰せの通りきっとどうにもならんだろう。
でも、どうにかなった時の音を聴いてみたい。マニアとは一種の狂人であり、病人である。
「勝手にすりゃ良かろう」と誰もが思うだろう。
その通り、馬鹿に付ける薬は無いのである。

でも僕は、率直にこの忠告に従おうと思う。きっと完成をみる前にこちらの寿命が尽きるだろう。良い忠告を有難う。もう後ろを数えた方が早い歳だから、音ではなくて音楽を聴く事に専念しようと思う。
GE5751を使ったアンペックスのイコライザーで。そして時にRCA5751に挿し換えて。

2012.03.08